2007年02月16日
▼ 二八そばの登場
そして、江戸末期に登場したのが「二八そば」です。現在は、二八そばというとそば粉をたくさん使った高級そばのようなイメージがあります。しかし、当時は、その逆でした。二八そばの語源は諸説ありますが、一般にはそば粉8に対して小麦粉2の割合で打ったそぱのことといわれています。
それ以前のそばは、そば粉が10割だったので、つなぎに小麦粉を使った二八そばは粗悪品扱いされたのてす。
それでは、江戸時代のそばは、とんな食べ方をしていたのでしょう。もともとそばは、今の「もり」と同じように汁につけて食べるものてした。しかし、気が短い江戸っ子は、もっと簡単に食べる方法をみつけたのてす。
それが、そばに汁をかけた「ふっかけ」でした。最初、冷たい汁をかけるたけでしたが、そのうち冬は熟い汁をかけるようになりました。今の「かけそば」はぶっかけが語源なのです。
ただし、ふっかけは下品な食べ物ということで、女性が食べるものではないといわれていたようです。
その後ぶっかけにいろいろ具をのせた「種物」メニューが登場していきました。てんぶら、鴨南蛮、玉子とじ、おかめなどは江戸時代から続くメニューなのです。
また、「そば屋酒」という言葉があるように、そば屋には美味しい酒が置いてあるというのが通説てした。そばが打ち上がるまで、ちょっと一杯というのが江戸っ子の楽しみたったのです。焼きのり、板わさ、玉子焼き、てんぶらと、種物に使う具が酒の肴にピッタリなのです。今も、そば味噌で酒1合を飲み、仕上げにもり2枚というのが通だとか。
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