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2007年04月20日

貝塚が教える縄文人の貝食文化

 日本人と貝との付き合いの古さを何より物語っているのが、貝塚です。   
                                    
 貝塚のほとんどは縄文時代のもので、一般に縄文時代の貝塚は、日本全国でお
よそ2500ヵ所あるといわれています。そして、カルシウム分の多い貝塚には
他の遺跡では残りにくい遺物が多く保存されているので、縄文の人々の生活様式
を具体的に知ることができます。                     
                                    
 日本全国の貝塚から採取された貝類は、およそ350種にも上り、現在、私た
ちが食用としている種類と比較すると、縄文時代の人々ははるかに豊富な貝を食
べていたようです。                           
                                    
 貝塚の位置する場所によってヽ採取 される貝の種類はもちろん異なります 
が、全体的に見て最も多いのは、二枚貝では、ハマグリ、マガキ、アサリ、シジ
ミ、カガミガイなど。巻貝では、ツメタガイ、アカニシ、イボニシ、ウミニナな
どです。こうしてみると、縄文人って意外とグルメだなと思いませんか?   
 また、貝には木の年輪のような成長線があるので、貝塚から採取された貝を調
べてみると、だいたい春から初夏にかけて集中的に貝を獲っていたことがわかり
ます。                                 
                                    
 ところで、縄文人たちはこれらの貝をどのように食べていたのでしょう?まず
考えられるのは生食ですが、他にも工夫を凝らして食べていたようです。   
                                    
 縄文人の偉大な発明のひとつに「土器」があります。多くの貝塚では貝層部の
至るところに焚き火跡が見られ、煮沸用の土器などが出土しています。このこと
から、縄文人は貝を土器で煮て食べていたことが明らかです。        
                                    
 また大型貝塚の中には、同種類の同じ大きさの貝が一度にたくさん捨てられて
いる上に、他の貝塚とは違って動物や魚の骨などがまったく見つからないものも
あり、大量の貝を煮る共同作業も行われていたようです。いわば、そこは縄文時
代の大規模な水産加工場だったというわけです。              
                                    
 そこで作られていたのは主に干し貝で、旬にたくさんの貝を獲り、食べきれな
い分は加工して蓄えとしていたと考えられています。また、内陸の村の人々  
にとっては干し貝の塩分は貴重なものでしたから、こうした品は交易品ともなっ
たと思われます。                     



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